会員_利用者・家族・多職種が教えてくれたうまくいかなかった事例・場面からの学び・気づき

村瀬崇人

まごころステーションすくらむ 代表 主任介護支援専門員/社会福祉士・精神保健福祉士

第7回

一人暮らしの利用者への終末期支援①








「家で死にたい」と言われ,「一人暮らしの終末期」について考える

 Aさんは初回面談の際から,ご自身の終末期の在り方についてはっきりした意思を示しておられました。それは,「抗がん剤治療をするつもりはない」「頼れる家族はいないけど,施設に入ったり,入院したりするつもりはない」「自宅で最期を迎えたい」というもので,この点については,Aさんは一貫してきっぱりと明言しておられました。



 なお,筆者がこのAさんとかかわったのは,いわゆる「ACP」というものが社会的に一気に注目されるようになる少し前のことですが,このころの情勢を振り返っても,Aさんの訴え自体はそこまで極端なものではなかったと思います。ただ,筆者が戸惑ってしまったのは,Aさんには「看取り」に当たってくれるご家族等がおられなかったというところです。



 在宅医療を中心とした医療系サービスや介護サービスは利用できるとしても,たった一人,自分自身しかいない自宅で,だんだんと体が衰えていく,また,病状の悪化の程度によっては非常な苦痛にただただ耐える,そういう将来像も想定できてしまう中で,この「看取る人がいない看取り」を支援としてどうとらえたらよいのか,筆者としては大いに葛藤しました。





「自己決定」と「押し付け」の狭間で問われる支援者のスタンスについて考える

 利用者本人が「治療は受けない」「家で死にたい」とおっしゃっている。認知機能低下も精神疾患もない。がんというご病気こそあるものの,明晰な意識の中ではっきりとした意思を表示しています。ならば,その結果がどうであろうと本人の意向ということでいいと,シンプルに考えられるのであれば,そこに支援者としての葛藤はあまりないかもしれません。しかし,筆者の場合はそういう割り切りはうまくできませんでした。



  医療者でなくても,介護支援専門員も経験を積めば,どういう疾患の方が先々にどのような状態像となっていくのか,ある程度の予測を立てることはできます。もちろん,そこには非医療専門職としての限界があることを意識しておく必要は大いにありますが,利用者の状態像の変化に一定の予測を立てることは,介護支援専門員が根拠を持って課題解決に取り組む上で非常に重要な要素だと思われます。



 その点,Aさんの場合は,今はお元気であっても,そう遠くない将来には状態像が大きく変動し,末期がんのさまざまな症状が顕著になっていくこと,そしてその際に,「治療はいらない」「家で,一人で,最期まで」という現在のAさんの意思決定が将来のAさん自身を苦しめるようなことにならないかが懸念されました。





当事者,支援者として「逡巡」を共有する

 「いくら本人が明言しているとは言え,このような懸念がある中でAさんの意思決定にどのようにかかわればいいのか」。筆者のそのような逡巡をAさんは敏感に察知されました。「ごめんね」「困らせているよね」「あなたには本心を言ってもいい気がした」。当時の経過記録に残っているAさんご本人の発言はこのようなものでした。



 また,「実は病院の先生には本音を話せていない」ともおっしゃっていたので,Aさんは介護支援専門員に対してはご自身の意思をはっきりとおっしゃる一方で,それが一般的,客観的にはどのように受け止められるかも重々意識されていたようです。その上で,かかわらせていただくようになってまだ日が浅い介護支援専門員のことを信頼して,それはAさんにとっても勇気がいる決断だったかもしれませんが,ご自身の思いを話してくださったのだと理解できました。



 一方,筆者としては,そのこと自体が,ご自身の終末期の在り方についてはっきりした考えを示されるAさんの中にも,「迷い」があることを示唆しているようにも思えました。



 このように,特に終末期の在り方については,ご本人自身の中にも時に矛盾を含むようなさまざまな思い,考えが揺れるように存在していることは珍しくなく,またそれに対して支援者もその方にとっての最善の支援が何であるかと大いに考えさせられることがあります。筆者はこれを当事者の「逡巡」を共有する過程としてとらえていますが,Aさんとのかかわりはまさにそういったものでした。





終末期支援の方針の要となる「人生歴」

 Aさんの終末期支援を行う上で筆者が最も重視したのは,ご本人の人生歴も含めたアセスメントをしっかりと深めるということです。単に現在のご本人の体の状態や生活の様子,また考えだけでなく,これまでの長い人生の中で,どのような経験をされ,何を大切に思い,またどのような苦労や幸せがあったのかを知ることで,ご本人の望みにできるだけ近い終末期の在り方を支えたいと考えました。



 この視点から筆者が少し引っかかりを覚えたのが,「身内がいない」「家族がいない」とAさん自身がおっしゃるものの,会話の端々で少し明言を避ける様子が見られることでした。「家族はいない」と確かにおっしゃったけれど,聞きようによれば,誰かを想定して話をされているようにも思える。そんなAさんの話のされ方がどうしても気になる。



 そこで,筆者は少々思い切って,「もしかして,誰か連絡を取りたい相手がいらっしゃるんじゃないですか?」とAさんに聞いてみました。すると,Aさんは少々バツが悪そうに,「ウソをついたつもりはないんだけど」と,実は非常に短い期間の婚歴があり,長い間会ってない息子さんがいらっしゃるということを話してくださいました。



 よくよくお話を聞くと,Aさんは,息子さんがとても幼い時に離婚してシングルマザーになられたのですが,当時の事情としてAさん一人で子育てをすることができず,やむを得ずほかのご親族に息子さんの養育をお願いすることになったそうです。実母として全くかかわりがなかったわけではないそうですが,一緒に暮らした期間は非常に短く,特に息子さんが高校生くらいの年齢に達してからはほとんど会うことはなかったとのことでした。Aさんが高齢期に差しかかったころに息子さんとの連絡が再開したものの,数年前にささいなことでけんかをしてしまい,それからお互いに連絡が途絶えてしまったそうです。



 初期の面談でAさんがおっしゃった「頼れる家族はいない」という短い言葉の背景にAさんの長い人生歴におけるこのような葛藤があったことに筆者は驚きつつも,Aさんの支援を進める上で必要な手がかりを少しずつ得ることができました。



(②に続く)

※本記事は『達人ケアマネ』2023年10-11月号(vol.18 no.1)の誌面に掲載したものです。

村瀬崇人居宅介護支援事業所を開設、運営している。認知症の独居者に対して定期巡回・随時対応型訪問介護看護などを用いた365日24時間の在宅支援、高次脳機能障害者へのリハビリテーションや就労につながる支援、認知症の人とご家族のためのACP支援、多数の在宅看取りの支援などさまざまなケアマネジメントを手がけた。地域では介護支援専門員協会地域支部長として活動している。