第6回

Jonsenの症例検討シートを用いた事例展開

事例5

アルツハイマー型認知症の患者への
意思決定支援における倫理的問題


伊藤千晴

人間環境大学 看護学部 基礎看護学
大学院看護学研究科 看護教育学 教授


はじめに

 超高齢化社会になり,認知症高齢患者は増加しています。認知症高齢患者は記憶力や判断力が低下し,意思疎通が難しいと言われており,そのケアに携わる看護師は,さまざまな倫理的問題に遭遇していると思われます。



 筆者は2019年,看護者の倫理綱領4条「看護者は,人々の知る権利及び自己決定の権利を尊重し,その権利を擁護する」に焦点を当てて,認知症高齢患者にかかわる倫理的問題について看護師を対象とした調査を行いました1)。その結果,〈家族の意見が優先される〉〈判断能力がなく身寄りがない患者の意思が推定できない〉〈医療者の判断により治療が決定される〉〈インフォームドコンセントが不十分〉〈本人の意思表示があるのに尊重されない〉などの具体的な倫理的問題が明らかになりました。



 そこで今回は,認知症高齢患者の意思決定支援に関する事例を4分割法を用いて展開していきます。



〈4つの枠組み〉





〈進め方〉

Step1:倫理的な問題で判断に困っている症例について,できる限り情報を収集する。

Step24つの枠組みで情報を整理する。足りない情報があれば追加する。

Step3:枠組みごとに,倫理原則と照らし合わせて倫理的問題を明確にする。

Step4:明確化された倫理的問題に対して,具体的な対応策を立案する。



事例紹介

アルツハイマー型認知症の患者への
意思決定支援における倫理的問題

患者情報

 Eさん,80歳の女性。長男夫婦(長男50歳,長男の妻45歳,孫7歳)と同居している。夫とは5年前に死別。



経過

 Eさんは社交的で地元の老人会にも積極的に参加し,毎日楽しく暮らしていた。既往歴はなく,現在内服している薬もなかった。やや難聴はあるものの,補聴器を使用するほどではなかった。



 最近,老人会の集まりを何度も忘れたり,同じものを頻繁に買ってくるなどの行動が見られたが,家族は歳のせいだと思い,あまり気にしていなかった。しかしある日,Eさんは老人会の帰りに迷子になって家に帰れなくなった。心配になった家族と共に受診したところ,中等度のアルツハイマー型認知症と診断された。



 その後,Eさんは週に2回デイサービスを利用することになったが,デイサービスのお迎えが来ると「行きたくない。家にいたい」と拒否した。家族は仕事が忙しく,Eさんの介護をしていられないため,「デイサービスに行くとお友達に会えるし,大好きなカラオケもあるから行けば楽しいよ」となだめて連れていった。デイサービスでは,Eさんは1人で過ごすことが多く,ほかの利用者と話をすることはなかった。スタッフもEさんだけに手をかけるわけもいかず,勝手に歩き回ることができないよう目の届く範囲で高めのいすに座ってもらい,注意を向けるにとどまっていた。



 自宅でのEさんは,夜になると徘徊することが増え,家族が注意すると大声で泣きわめくようになった。家族はかかりつけ医に相談して精神安定剤を処方してもらい,寝る前にEさんに内服させたが,あまり効果はなかった。家族がいない昼間は部屋に鍵をかけ,Eさんが危険な行動をとらないように注意した。



 その後,食事の時に何度か誤嚥を繰り返し,誤嚥性肺炎で市民病院に入院した。入院中は,食事の摂取量が減り,看護師の問いかけにも反応せず意思疎通ができなくなり,寝て過ごす時間が多くなった。そのため,主治医から胃瘻を造設し人工的に栄養をとることを提案された。



 長男夫婦は,胃瘻を造り,介護施設へ入所することを希望した。一方,遠方に住む次女は,胃瘻には反対で,自分が介護をするので家に連れて帰りたいと言った。



事例展開

Step1/Step2
情報を収集・整理する


 情報整理の視点を参考に,事例の情報を4つの枠組みで整理してみましょう。





Step3
問題点を明確化する



 今回の事例では,倫理的問題として次の2点が挙げられると思います。



【患者の意向】週2回のデイサービスは拒否
⇒自律尊重の原則に反している

 このことがきっかけとなり認知症が悪化したとも考えられます



【周囲の状況】胃瘻造設について,長男夫婦と次女の意向が異なり,
Eさんの意向は不明

 患者にとっての最善の治療方針が,家族の間で食い違っています。



Step4
対応策を立案する


 対応策としては,次の3点が挙げられます。



・患者本人が嫌がることはしないことが原則である。週2回のデイサービスを拒否している時点で,無理に行かせてはいけない。なぜEさんはデイサービスに行きたくないのかをアセスメントする。ただし,家族の負担を考えることも重要であるため,Eさんに使用できる社会資源を見直す。


・認知症高齢患者であっても,タイミングを見計らい本人も同席の上でICを行い,本人の意思を確認する。


・家族だけでは意思決定ができない場合は,第三者(専門家)による介入を行う。



 上記以外に,デイサービスでの対応に問題があると判断された方もいるでしょう。みなさんは,「行きたくない」と拒否するEさんを嘘やごまかしでデイサービスに行かせることを,どう思いましたか? これは,誠実・忠誠の原則に反するととらえることができます。一方で,嘘も方便ということわざもありますよね。確かに家族の負担は大きく,それに対する配慮も必要です。なかなか悩ましいジレンマですので,ぜひチームで話し合ってみてください。



まとめ

 認知症=意思決定ができない,という先入観はありませんか? 認知症だからといって,必ずしも意思決定ができないわけではありません。我々は,その患者の残存機能をよく理解して,できる限り本人が意思決定をすることができるように支援していきたいと思います。そのためには,やはり患者や患者家族との信頼関係が最も重要になるのではないでしょうか。





〈参考となるガイドライン〉

認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
(厚生労働省,2018年6月)


人生の最終段階における医療・ケアの
決定プロセスに関するガイドライン 改訂
(厚生労働省,2018年3月)


医療や看護を受ける高齢者の尊厳を守るためのガイドライン
(日本看護倫理学会 臨床倫理ガイドライン検討委員会,2015年8月)


終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン
(厚生労働省,2007年5月)



引用・参考文献
1)Chiharu Ito , Emiko Shinozaki, Ryo Hayase他:The 31st International Nursing Research Congress, 23-27 July 2020, Abu Dhabi, United Arab Emirates.
2)手島恵監修:看護者の基本的責務 2020年版,日本看護協会出版会,2020.
3)日本臨床倫理学会:臨床倫理入門Ⅱ,へるす出版,2020.

伊藤千晴:2010年12月,名古屋大学医学系研究科博士課程にて博士(看護学)を取得。専門は看護倫理。2015年より現職。看護基礎教育および継続教育における倫理教育のあり方や倫理的問題に対しての研究を続けている。