第4回

Jonsenの症例検討シートを用いた事例展開

事例3個人情報保護に関する倫理的問題


伊藤千晴

人間環境大学 看護学部 基礎看護学
大学院看護学研究科 看護教育学 教授


 Jonsenらの症例検討シート1)による事例展開は慣れてきましたか? 今回も引き続き4分割法を用いて事例を展開します。カンファレンスなどで活用していただけることを期待しています。



〈4つの枠組み〉





〈進め方〉

Step1:倫理的な問題で判断に困っている症例について,できる限り情報を収集する。

Step24つの枠組みで情報を整理する。足りない情報があれば追加する。

Step3:枠組みごとに,倫理原則と照らし合わせて倫理的問題を明確にする。

Step4:明確化された倫理的問題に対して,具体的な対応策を立案する。



事例紹介

個人情報の共有とプライバシーへの配慮のジレンマ

 Aさんは75歳の女性です。骨折する前のADLは自立しており,畑仕事などをしていました。半年前に夫が他界し,現在は一人暮らしをしています。家族は,隣町で会社を経営している息子(45歳)と息子の妻(40歳),孫(7歳)がおり,ほぼ毎日Aさんの様子を見にきていました。



 Aさんは4週間前に畑仕事をしている時に転倒し,左大腿骨頸部骨折にてK病院に搬送され,3日後に人工骨頭置換術が施行されました。術後のリハビリテーション(以下,リハビリ)により杖歩行が可能になり,現在は階段昇降や外を歩く練習をしています。本人は自宅に退院することを希望しましたが,手すりをつけたりベッドを入れたりと退院までに自宅環境を整える必要があるため,1カ月ほどを目途にリハビリ病院に転院することになりました。



 息子が付き添って転院してきたため,受け持ち看護師のNさんは,医師の診察後にAさんと息子に看護面接を行いました。その際,N看護師は,K病院からの退院時の看護サマリーを基に,「息子さんご夫妻が,だいたい毎日,Aさんのお家に行かれていたのでしたね」「Aさんのおうちは2階建てで,手すりをつける予定ですか。Aさんのお部屋は2階なので,階段を使用する必要があるのですね」と家族のことや自宅の構造について確認しました。息子は,「初めて受診した病院なのに,なぜ家族のことや自宅の構造まで知っているのですか?」と驚きました。



 N看護師は,Aさんを看護する上で必要な情報であるために,K病院の看護サマリーに記載され引き継がれたことを説明しました。しかし,息子は「K病院にいる時に,自宅で暮らすことができるよう手配してきたのに,まだそのような情報がここでも必要なのか…。いろいろな病院に家族の情報などが引き継がれるのならば,いい気分ではないし,あまり細かいことは言いたくない。プライバシーの侵害ではないか」と言いました。N看護師は,より良い看護を提供するために情報を得ており,患者のことを知った上で看護をした方が安心できるだろうと思って家族に話したことですが,家族との信頼関係を壊す結果になってしまったと思い悩んでいます。





事例展開

 今回の事例展開に当たって必要となる,基礎的な知識を確認しておきましょう。



個人情報保護法

 個人情報は,個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであり,その適正な取り扱いが図らなければならないという基本理念の下,個人情報を取り扱う事業者に対して適用される法律です。医療の分野での詳細な運用は,医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン2)に沿って行われています。



守秘義務と個人情報保護法

 守秘義務とは,正当な理由なく業務上知り得た秘密を漏らさないことであり,看護師,保健師,助産師という「個人」に課せられている義務です(保健師助産師看護師法第42条の2「保健師,看護師又は准看護師は,正当な理由がなく,その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。保健師,看護師又は准看護師でなくなった後においても,同様とする」)。



 一方,個人情報保護法は「事業者」,つまり病院に対する法律です。また,第三者への提供を制限する記述があり,「患者の情報は患者自身のもの」であり,「いつ,どのような目的で,どの情報を使うか」を患者が決めることが原則です。例えば,患者の家族に対して病状説明をするか否かは,原則として患者に確認する必要があります。



プライバシー

 プライバシーは,「そっとしておいてもらう権利」3)として語られてきましたが,現代ではこれに加えて「自己に関する情報をいつどのように,またどの程度伝えるかということを自ら決定できる権利」4)として認識されるようになってきました。



 プライバシーの問題は,各個人が自己の領域に入られることを不快と思うかどうかが焦点であり,相手との関係性などに影響を受けます。そのため,たとえ守秘義務を守っていても,患者が自分の情報の利用に関する考えと合っていないと感じれば,プライバシー上の問題であると言えます。





Step1/Step2
情報を収集・整理する


 情報整理の視点を参考に,事例の情報を4つの枠組みで整理してみましょう。







Step3
問題点を明確化する

⇒原則に反していると思われる情報を倫理的問題として抽出する



【忠誠の原則】に反している

 ・リハビリ病院の看護師が自宅環境について知っていることに驚き,プライバシーの侵害であると訴える



〈解釈〉

 K病院では,転院に向けて自宅環境などの情報をAさんの息子から収集したと思われる。Aさんの息子は,その時伝えた情報を転院先の看護師が知っていることに驚いた。つまり,個人情報を許可なく第三者に伝えたことにより,患者の家族と看護師の間の信頼関係に内在する義務に対して誠実であるという原則に反してしまったと解釈できる



Step4
対応策を立案する


 ・情報を収集する際,その情報の共有範囲を明確にし,同意を得ておく。




*  *  *





 今回の事例で問題となった退院時の看護サマリーによる他施設への情報提供は,先述のガイドラインおよび個人情報保護法によると「個人情報の第三者提供」に当たり,情報収集をした相手(事例ではAさんの息子)に同意を得る必要があります。個人情報保護に関する告示を,院内掲示などで済ませている施設はまだ多いのではないでしょうか。患者や家族が十分理解できるよう,掲示場所や説明の仕方など,今後ますますの工夫が求められると思います。



まとめ

 医療現場では今後,多くの情報が必要となり共有される一方で,価値観の多様化や患者・家族の権利意識の高まりなどにより,個人情報への関心が大きくなってくることが予測されます。すると,必然的に患者情報の共有とプライバシーの配慮に関するジレンマに陥りやすくなります。そのため看護師は,個人情報保護について十分な知識を持ち,情報を共有する範囲をよく考えて対応していかなくてはいけません。






引用・参考文献
1)Jonsen,A.R他著,赤林朗他監訳:臨床倫理学―臨床医学における倫理的決定のための実践的なアプローチ 第5版,新興医学出版社,2006.
2)厚生労働省:医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドラインhttp://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seisaku/kojin/dl/170805-11a.pdf(2021年5月閲覧)
3)船越一幸:情報とプライバシーの権利―サイバースペース時代の人格権,P.23~29,北樹出版,2001.
4)Westin A F;Privacy andFreedom,pp8, Scribner 1967.

伊藤千晴:2010年12月,名古屋大学医学系研究科博士課程にて博士(看護学)を取得。専門は看護倫理。2015年より現職。看護基礎教育および継続教育における倫理教育のあり方や倫理的問題に対しての研究を続けている。