流されてはいけない
「聞いた・聞いていない」というトラブルへの対応は,事業所としても多くの時間や労力を要します。そして,必ずしも良い着地点にたどり着くとは限らず,時には対応した職員が傷つくこともあります。
過度な要求や理不尽な要求に,安易に「できます」「やります」と答えてしまった場合,大変苦しい対応を余儀なくされるでしょう。そういった要求に対しては,自分たちが説明すべきこと,主張すべきことを整理して,しっかり伝えていかなければなりません。
当然,そういった要求に向き合うのは怖いことであり,緊張します。しかし,そもそも我々ができること,やるべきことをきちんと理解していれば,一方的に困らされることにはなりません。現在,巷にはテクニカルな手法があふれていますが,本稿では専門職の姿勢としての部分を解説したいと思います。
我々がやるべきこと,やらなければならないことを護る
そもそも,「良いサービス」とは,利用者や家族のワガママともとれる言い分に全て応えることとは全く別であり,迎合していても現場の状況は悪化するだけです。
私自身の経験を例として紹介します。当時,私が勤める老健施設は,地域から一定の評価を得ていました。それは自分自身が受け入れられていることと同義であるととらえ,大変誇らしかったのを覚えています。しかしながら,家族との面談や相談を繰り返すうちに,次第にある疑問が浮かんできました。それは,「何でも要望に応えているから良い施設と言われているのでは?」というものです。
老健施設としての使命を額面上は理解していましたが,それを実際の形にすることは大変難しかったのです。周囲のケアマネジャーは,「特養に入れないし在宅ではもう無理。だから老健に頼んでいる」「在宅復帰なんてそもそも無理だし,帰ってこられても困る」などと言われていた時代でした。医療機関も,リハビリテーションの効果を適切に生活環境と照らし合わせて計画していく連携などはありませんでしたから,医師に「家には帰れないから施設利用を申し込みなさい」と言われて利用相談に来る家族が大半でした。
我々がやるべきこと,やらなければならないことをしっかり理解し,業務との結びつきを説明できるようにならなければ,主体的な専門職とは言えないでしょう。そうならなければ,理不尽な申し出や要求を受けて,防戦一方になってしまうのです。
我々はあくまでも利用者の代弁者であるはずなのに,要求してくる家族が目の前に現れると,それに振り回されてしまうことがあります。しかし,主張すべきことを考えず,ただただうろたえていては解決できません。要するに,専門職としての「正しい拠り所」が必要なのです。

日頃からの積み重ねが重要
そうは言っても,過度な要求や理不尽な申し出,明らかに筋の通らない主張をする人は必ず存在し,絶対に避けられません。例えば,契約書や計画書に印鑑を押しているにもかかわらず,説明を受けていないと主張する人がいます。記録をとるなど,基本的な対応は当然すべきですが,意外な落とし穴として,担当者が抱えてこんでしまう場合があります。これは,事態が悪化してから発覚することがあり,対応の遅れが致命的になるということは,実務に携わる皆さんの方がよくご存じかと思います。
この時,先輩や上司である皆さんは,「なぜ報告が遅かったのか」を考える必要があります。もう古い考えかもしれませんが,「報連相はする側の問題ではなく,受ける側の心構えである」ということを忘れてはいけません。相談しても面倒そうに話を聞かれたり,理不尽に叱られたりすれば,誰でも隠したくなります。そんなことをしても発生している事態を変えることはできませんから,まずはとるべき対応を最優先で考えなければなりません。
また,発生を予防するにはどうしたらよいかを常に考えることが重要です。しかし,個人的には,完全な予防は不可能であると考えます。理不尽な主張をする人たちは,常に「どこかで言ってやろう」と目を光らせており,いくら我々が周到に対応しても,小さなほころびを探し,積み重ね,独自の価値観でそれを判断し,主張してくるからです。予防できないからこそ,心構えや日頃の言動が問われます。どんなに緊急時であっても「火事場の馬鹿力」をあてにしてはいけません。身についているものしか出ないのですから。
結論の押しつけは危険
「決まりですから」「施設の方針です」といった紋切り型の説明は,使い勝手が良いように感じますが,使い方を間違えると大変危険です。説明を求められた時,大上段に構えてこの言い方をするのは,不誠実極まりないでしょう。よく,「老健は3カ月しか居られない仕組みになっていて」などと説明している話を聞きます。これは,制度や法律というあらがえない力を盾に素人をねじ伏せようとする暴論です。経験上,このようなスタンスでクレーム処理が上手な人に会ったことがありません。
このように,過程の説明などを省いて結論だけ押しつけるやり方は,相談援助の専門職としてあるべき姿とは思えません。繰り返しになりますが,我々がやるべきこと,やらなければならないことを整理し,相手の意向と照らし合わせながら,客観的にどの部分が理不尽であるのかを見定めなければなりません。そして,折り合わない部分をどう解決するかを相談し,場合によっては法的手段や第三者の介入によって解決しなければならないのです。
最後に
前述したように,理不尽な要求は日常的に潜んでいますし,それがどのタイミングで自分事になるかは予測できません。これを回避するためには人とのかかわりを断つしかないかもしれませんが,それでは社会生活が成り立ちません。そのため,日常的な予測と準備が必要です。とはいえ,それではあまりに意図的ですり減ってしまいます。
私自身は,目の前の業務を丁寧に,まじめに,正しくとらえるように努力することが大事であると思います。当然,経営的,運営的な側面もあるでしょう。しかし,社会的な倫理に反していなければ,目先は変わってもその正しさは変わりません。相談員,介護支援専門員として,多種多様な人たちと接触しなければなりませんが,自分を守る術も意識しておかなければならないでしょう。
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