【国債の信用力維持のため財務省の発言力がこれまでになく増している】
第18回の終わりに、「次回は、医療・介護保険部会で2022年を起点として“なぜ異常に財務省案(財政制度等審議会での改革案)への誘導が強くなっているか”について理由を解説します」と述べました。このように取り上げると、単純に「財政が苦しいので財務省が社会保障費の歳出削減にうるさくなっている」と思われるかもしれませんが、そうではありません。「平時の国防費増加は歳出改革と増税で賄うべき」「国債の新規発行で賄うのには断固反対」と強硬に主張しているのは、財務省ではなく、防衛省とNSS(国家安全保障局)1)です。
この理由を知るためには、“国債発行によって日本の社会保障費が支えられてきた仕組み”と“ウクライナ情勢によって日本の財政余力=国債発行余力を高めることが国防上必要となったこと”を整理する必要があります。経済問題は数字を見ていると頭が痛くなるので聞きたくないかもしれませんが、数字は最低限としますのでお付き合いください。
【2021年度の特養や老健の経営状況は急激に悪化】
福祉医療機構は本年2月1日に「2021年度(令和3年度)、すべての老健施設の全ての施設類型で経営状況が悪化、赤字施設の割合は33.8%まで拡大」と発表2)しました。同機構からは続けて本年3月24日に特養の経営状況についても2021年度の概要が公表されていて、従来型特養で42.0%、ユニット型でも30.5%の施設が赤字となっていることが発表3)されています。
いよいよ2023年度となりましたが、現状は人件費増とコロナ禍に加え、ウクライナ情勢に大きな影響を受けています。原油価格や物流コストは高騰、その結果固定費である水道光熱費は2019年と比べて電気は1.3倍~1.4倍、ガスは1.2倍、ガソリンは1.5倍となっている印象です。この赤字は借金となって福祉業界の経営をさらに苦しめており、都内では早々に老健経営に見切りをつけ、コロナ対策の医療支援施設に転換させたり、病院併設の老健を地域包括ケア病棟に改装する準備を始めたりしているところも現れています。
では日本の国家財政はどうでしょうか。国債発行額はすでに1,200兆円と言われていますが、国家財政は苦しくないのでしょうか。
【社会保障費の膨張は、国際信用力による
ほぼ無利息の国債発行で賄われてきた】
敗戦後に日本が復興を遂げる中で、ベビーブームと言われる人口が爆発的に増加した時期があります。これがいわゆる団塊&団塊ジュニア世代を形成しています。
人口は統計を整備すれば把握できますし、数十年後に必要となる社会保障費用も簡単に計算できてしまいます。そのため政府は国民皆保険制度を整備して対応するように準備してきました。そして、平均寿命が伸びるに従って医療費が非常に膨れ上がるだろうというのは当然予測されましたので、それに対応するために医療費の抑制策として、介護保険制度を創設しました。もはや医療福祉業界では常識となっている「財政規律を主張する財務省と厚生労働省の予算配分を巡る花火を散らす攻防」とは、できるだけ借金を増やしたくない財務省の厳しい要求に対して、厚生労働省が国民生活を大きく苦しめることがないように、バランスをとっていた歴史だったのです。
一方、急激に膨張する団塊&団塊ジュニア世代の高齢化は永遠ではありません。人間は時間が経てば寿命を迎え、20〜30年で世代は交代します。つまり、社会保障費の膨張は一時的なことなのですが、さすがに少子化の流れの中で税収のみで対応するというのは無理があります。
そこで国は、社会保障費の膨張を国債の臨時発行で対応してきました。2022年度の社会保障費給付額(予算ベース)131.1兆円の財源のうち、国庫負担は36.1兆円で、これはその年の財政赤字にほぼ匹敵します。つまり保険料等の収入を超える社会保障給付の赤字は、大部分が赤字国債の発行によって補填されています。
毎年数十兆円が20〜30年続けばどうなるでしょうか。10年で数百兆円ですから、国債発行による借金が累積して、現在では1200兆円(地方行政府債200兆円を含む)にまで膨れ上がっています。この事態は数十年前から準備していた訳ですから財務省としては、これはもう当たり前のこととして受け入れています4)。
しかし、国債は借金ですから、こんなに借りたら利息だけでも膨大な金額となります。利息の支払いはどうしているのでしょうか。実は日本の長期国債の利息は2%ほどに非常に低く抑えられ、2013年からは日銀が金融緩和で政策的介入を行いゼロ近辺(0.2~0.78%)5)に操作されています。つまり国債市場での圧倒的に高い信用力で、これが処理できてきたのです。
これを可能にしたのが、1960年代末ごろから50年以上続いている日本の経常黒字(海外からの収益から貿易赤字を引いた残り)です。2022年上期に単月で初めて赤字となりましたが、それまで赤字を記録したことはありませんでした。さらにこの黒字は対外投融資に向けられ、世界1位の債権国となっています。加えて2008年のリーマンショック以降は、国内企業の工場は海外移転が続いていましたから、対外総資産は現在では統計上で411兆円に積み上がっています6)。この対外資産のほとんどがドル建てです。現状は記録的なドル高ですから、円に換算すれば対外総資産は約1.4~1.3倍となる計算で、500兆円を大幅に超えている勘定です。
つまり、利息の支払い程度は確実に滞ることなくできる状態であること=現在から将来までの財政状況の安定に関する期待が高いことが、国際的な信用力となっていることを覚えておいてください。
ただし、国債発行総額は一時期だけの予定とはいえ対外総資産額を大幅に上回っています。日本の政府部門全体にかかっている債務は、国内総生産(GDP)比率で200%を超えていますので、100%前後の英国よりはるかに重い状況7)です。
【ウクライナ情勢が突きつける国防力=国債発行余力の現実】
北朝鮮問題でもウクライナ情勢でも、報道の中心はミサイルの打ち合いです。第13回で取り上げたように、アジア太平洋で戦争が起これば米軍の海空戦力が投入されますが、その戦場では間違いなくミサイルの打ち合いが行われます。
ミサイルは高価で1発が300万円から、射程が数十キロ~1200キロの地対艦ミサイルともなれば1億円を超えます。しかも全弾が命中するわけではありません。ウクライナでの戦場報道から推算すれば撃墜率は78%近いようです。つまり目標一つを攻撃するのに10発打っても大半が撃ち落され、1,2発しか命中しないのです。ロシアが1日に100発のミサイルを撃って100億円を使うと、迎撃するウクライナも同数のミサイルを撃って100億円を使うのです。これを365日続ければ、ウクライナ防衛のミサイル迎撃費用だけで年間で約3.6兆円が消える計算になります。
ウクライナは人口4,000万人で旧ソ連邦圏では大国ですが、国家予算は20兆円しかありません。昨年は前年に輸出した小麦や兵器産業の販売代金振り込みが続いていましたが、今年は戦争で貿易額が大幅に減少しているはずです。収入も入ってこないのにどのようなお金で動いているのでしょうか。
武器や弾薬などはNATO諸国や米国からの供与が続いています。しかし、戦場での兵士の食事や装備、破壊されたインフラの復旧費用などで昨年末までに約7.2兆円の赤字が生じています。ウクライナ中央銀行や財務省は戦時国債を発行し、それを米国、EU、IMFが引き受けていますが、この戦時国債は戦争終結後に、ウクライナがEUに正式加盟した際に特別損失として認めて処理をしてもらい、将来確実に償還されることが信用の前提です。
このためウクライナがEUに加盟する上での障害となるような「ウクライナの汚職体質問題」には徹底して厳しく対応しています。汚職が発覚すれば、戦争遂行に支障も出かねないような軍の後方支援担当次官や副検事総長であっても解任し、大統領府副長官であろうと辞任させたことが報道8)されています。
つまりロシアの30%程度の国力で戦っているウクライナの国土防衛は、EUという巨大経済圏全体の信用による潤沢な国債発行余力に支えられているのです。
では国債の信用が急低下したらどうなるのでしょうか。次回は、岸田政権が国防費確保のため「財務省の歳出削減と増税といった財源についての対外的裏付け説明」による国債の信認維持に頼らざるを得ない状況に追い込まれた背景に迫ります。
そして、社会保障分野での企業生き残り戦略の要となる部分もそこにあるのです。
引用・参考文献
1)日本経済新聞2面【風見鶏】国防が問う国債発行余力(令和5年1月15日)
2)福祉医療機構(WAM)Research Report 2021年度(令和3年度)介護老人保健施設の経営状況について
(令和5年2月1日)
3)福祉医療機構(WAM)Research Report 2021年度(令和3年度) 特別養護老人ホームの経営状況について
(令和5年3月24日)
4)財務省:財政制度等審議会「歴史的転機における財政」参考2 資料Ⅱ-1-17成果志向の財政支出の必要性
(令和5年5月29日)
5)財務省:財政制度等審議会「歴史的転機における財政」参考2 資料Ⅱ-2-2格付会社の見方、
資料Ⅱ-1-1金利が上昇した場合の国の財政への影響(令和5年5月29日)
6)日本経済新聞16面【Analysis】 円の実力をどうみるか㊦いびつな成熟債権国を露呈(令和4年1月27日)
7)日本経済新聞16面【Analysis】 危機と分断の時代③財政への信認失うのは一瞬(令和5年1月6日)
8)日本経済新聞2面 ウクライナ、高官解任続く-大統領 腐敗批判受け引き締め(令和5年1月26日)
9)財務省:歴史的転機における財政 令和5年5月29日 財政制度等審議会 参考資料(3),P.13 |