「医療機関からデータを吸い上げる体制」の構築
2016年1月にマイナンバーカードの交付が始まり6年が経過しました。2023年1月22日時点で、申請受付で人口比67.03%(8,470万人を達成)、健康保険証利用登録は57.6%と半数以上の国民が利用できる状況となりました。
また、レセプト請求を電送している医療機関や薬局では2023年4月より顔認証付きカードリーダーの導入が義務化されますが、2023年1月8日時点で対象施設の90.8%が申し込みを終えています1)。さらに設置まで完了している病院が52.6%、薬局が68.7%、その中ですでに運用を開始している施設は4割を超え(43.7%)、主要な先で利用できる状況になりつつあります。

そこで河野デジタル大臣は、「2024年の秋を目処に(紙製の)健康保険証を原則廃止し、マイナンバーカードと一体化した運用に切り替える」として"期限を公表"2)しました。
この背景には、国民にマイナンバーカードを実際に保険証や自動車免許証として利用させ、その利便性を実感してもらいながら利用率を向上させたいとの意図があります。なぜなら、マイナンバーカードが普及しても保険証としての利用が進まなければ、患者情報の共有による重複した投薬や検査の排除といった無駄の削減ができないからです。
医療DXは厚生労働省ではなく、
大半はデジタル庁で作業が進んでいる
医療DXと聞くと、名前に"医療"がついているので、「厚生労働省が主導で、病院の請求システムをベンダーが入れ替えている」イメージではないでしょうか。確かに厚生労働省が窓口にはなっていますが、実態は違います。
医療請求ソフトベンダー業界も人材不足が深刻です。本稿第7回で取り上げた「2025年の崖」の問題があり、一斉にシステム改修することを求められても対応するだけの技術者は到底確保できないため、ベンダー側も悲鳴をあげているのが実情です。
そのため厚生労働省は、デジタル庁と連携してこれに対応しています。デジタル庁が国保連と協力して、報酬請求システムプログラムの核心部分を各社共通モジュールとして作成します。それを各病院のシステムに導入し、現場に合わせた設備の接続や入力システムのカスタマイズだけをベンダー側が請負って進める形で作業が進んでいるのです。
それが前稿で取り上げた、自民党の社会保障制度調査会「健康医療情報システム推進合同プロジェクトチーム」で進めている電子カルテの共通仕様、報酬改定プログラムです。
政府は、このシステムを通じ病院を丸裸にするつもりです。診療報酬請求では算定の根拠の確認が必要であり、そのために病院の専門人員の公的資格、職員登録・勤怠、検査機器稼働データ、取扱薬の在庫状況、入退院でのベッド稼働状況、診療報酬請求状況等といった病院経営の全ての情報が確認されます。これをオンラインで、将来的にはサイバー戦争に耐え得るレベルにまで磨き上げ、リアルタイムでモニターできるようにするのです。
収集データは保険者である自治体クラウド経由で報告され、最終的に厚生労働省のクラウド上においてリアルタイムで統合されて地域医療構想による再編のための基礎データとなります。このために審査支払領域のコンピューターチェックは、各県で異なるルールで運用されている現状を見直し、全国で統一する作業が進んでいます。そして2023年9月には、医療保険請求でのレセプトチェックの9割が自動化される予定3)です。

また、「データヘルス改革に関する工程表」のP4注1には、「国・独立行政法人・準公共分野におけるシステム最適化と整合性を確保するとともに、サービスインの前倒しが可能なものは順次先行して対応してゆく」3)と記載されています。つまり、ガラス張りになるのは医療だけではありません。"準公共分野"と書かれていますので、医療保険や介護保険に接続して請求する社会福祉分野の全事業者がそうなることになります。
すでに厚生労働省からは、2023年4月からケアプランデータ連携システムが本格稼働する旨の通知が、昨年10月27日に出されています。2022年秋時点で全国を見渡しても4箇所しか連携システムは稼働していませんので、現実には"お試しのβ版"といったレベルに過ぎません。しかし、次期改定では本格導入されることになり経営を圧迫するコスト要因となりそうです。
一方で、私たちにもメリットが無い訳ではありません。同じく工程表P4に「審査支払業務の平準化に関連し、コロナ禍を踏まえた、パンデミックや自然災害時等、医療機関等の緊急のキャッシュニーズへの対応に関する継続検討」3)と記載されているのに注目してください。準公共分野として災害などの緊急時に運転資金の補助がスムーズに受けられること、つまり"保護も素早くなる"ことが並行して検討されているのです。
注目される河野デジタル大臣の就任
昨年8月の内閣改造で注目されたのは、河野デジタル大臣(同時に消費者および食品安全、国家公務員制度担当特命大臣)就任です。デジタル改革推進の強化を意図しての人事ですが、なぜ消費者および食品安全や国家公務員制度も同時に担当となっているのでしょうか。実はこの抱き合わせこそが、霞ヶ関ルールの更新のための布石であり、そのことに注目している人はほとんどいません。
特命担当大臣というものには実権はなく名ばかりで、各省庁に勧告や担当者から報告させたりはできるものの、所轄官庁がなければ何も権限はありません。新型コロナウイルスワクチン配布の仕組みを例に解説すれば、薬品の確保や医療機関は厚生労働省、運搬は国土交通省、冷蔵保存の専用冷蔵庫は経済産業省、接種を担う自治体は総務省、接種後の廃棄物の処理は環境省という具合で各省庁に権限が分散されており、これを調整し連携させないと何も動かせないのです。
実際に2022年2月のオミクロン株拡大で批判にさらされた堀内ワクチン特命担当大臣は、ワクチンの取引量や価格を決める最終決定権限はないため、ほぼ何もできませんでした。調整手腕に疑問符がつき、本来の五輪担当大臣の3月末任期満了とともに解任され、ワクチン担当は松野官房長官の兼務とされました。
一方で河野デジタル大臣も菅政権下では同じくワクチン担当の特命大臣でしたが、こちらは大成功を収めています。明暗を分けたのは、「何をやっているんだ厚生労働省は!」と世論を喚起して、これをバックに関連各省に勧告して担当を決めさせ、ビジネスチャットなどで報告させつつ、他省間で担当同士を強制的に連携させる手法の差です。
官僚の抵抗排除策も用意済み
前回取り上げたように、DXに対する官僚の抵抗の理由は、"新しい仕事のやり方を感情的に受け付けない"といった論理を超えた部分にあります。これを突破するためには、論理ではなく世論を背景とした圧力と、"働き方改革=仕事の負担軽減"や "少しでも楽をしたい"という心理を利用することで、新しい仕事のやり方を浸透させることが必要です。
つまり、消費者および食品衛生を担当することで、"消費者=国民"から声を吸い上げて世論を喚起、さらに公務員制度も担当することで、デジタル庁で作られつつある新しい働き方をガバメントクラウドでの新システムと抱き合わせに、霞ヶ関に働き方改革の新ルールとして取り入れさせます。もちろん研修・再教育はしっかり行います。
しかし、それでもデジタル庁で発生したような、中間管理職の頭の切り替えが進まない事で導入に障害が発生する場合にも対応策4)が用意されています。行政改革担当の岡田直樹大臣と連携して内閣府人事局の人事権も併用し、課長級・局長級の半数をデジタル化研修済みの人材とすげ替えてでも加速させるつもりなのです。この大臣レベルの連携を河野デジタル大臣は「2プラス1(二人の閣僚が一緒に省庁官僚と政策推進を打ち合わせる仕組み)」5,6)と呼んでいます。
河野デジタル大臣の起用で
アナログ規制撤廃は推定3割スピードアップ
医療機関からデータを吸い上げる体制を構築できても、肝心の厚生労働省がビッグデータ分析して医療費を丸裸にし、全国の医療介護機関の最適な再編をシミュレーションできる体制になっていなくては絵に描いた餅になってしまいます。さらにマイナンバーカードの普及と並行して、各省庁のシステム更新と自治体システムのクラウドへの移管も同時に処理しなくてはなりません。
これを、河野デジタル大臣は"消費者の利用機会を拡大して利便性を向上させる=消費者の声を実現させる"という世論を背景に、霞ヶ関や自治体を動かすことで実現させようとしています。その動きは早く、"注目されているうちが勝負"と、矢継ぎ早にデジタル庁の取り組みをマスコミに取材させています。
そこでは、「霞ヶ関はブラック」として入省10年未満の退職者数がここ数年で2倍近くに増えていることに触れながら、「デジタル庁でやっている働き方を他省庁でもやったらいいじゃんというだけの話、でも『ウチ(他の省庁)じゃできないよね』 という『意識の壁』があるのかな」"とコメントし、霞ヶ関働き方改革の「お手本」としてデジタル庁を持ち上げています。
また、8月29日には日本経済新聞のインタビューの中で河野デジタル大臣は、目視や対面といった手続きを義務付ける「アナログ規制」の撤廃期限(2025年6月)を前倒し、早める方針を表明しました。昨年6月の取りまとめ時点で4,000条項見つかっていたアナログ規制は、9月末でさらに5,000条項が追加され、現在9,000条項となっています。この99%について見直しの方針が確定し、2022年度内(2023年春)に工程表が策定され公表されます。そして2023年の通常国会に上げられるものから上程されます。
この方針変更には、「少しでも早く一般国民が生活の変化を実感するようにしていきたい」との岸田首相の意向があります。法律改正は、国会を通過しても実際に施行されるまで1年あるのが普通です。河野デジタル大臣が期限を前倒したことで施行開始が1年早まることにより、規制見直し実現のスピードは推定3割早まる計算となるのです。
引用・参考文献
1)厚生労働省:第162回 社会保障審議会医療保険部会 資料1 オンライン資格確認システムについて
(令和5年1月16日)
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001039167.pdf
2)日本経済新聞13版 2022年10月13日 朝刊 「マイナ保険証、24年秋移行」
3)厚生労働省:データヘルス改革推進本部 第8回データヘルス改革に関する工程表について
資料 データヘルス改革に関する工程表(令和3年6月4日)
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000788259.pdf
4)自由民主党行政改革推進本部 基本問題小委員会:令和時代に相応しい行政の実現のための基本的提言
~多様なニーズに応えるアジャイルな行政に向けて~
https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/203422_1.pdf
5)デジタル庁ホームページ プレスルーム:河野大臣記者会見(令和4年8月12日)
https://www.digital.go.jp/news/minister-220812-01/
6)デジタル庁ホームページ プレスルーム:河野大臣記者会見(令和4年8月15日)
https://www.digital.go.jp/news/minister-220815-01 |