施設マネジメント


【第16回】 「デジタル庁で医療DX準備はどう進んでいるのか(下)」

医療DXへの拒否反応

 本連載の第14回と第15回では、「デジタル化は我々が思っているより進んでいること」「医療DX導入は発想の切り替えを伴うため、単純に機械で置き換えるのと違い、今までのやり方や考え方、仕事の仕方を替えることへの感情的な反発が強く簡単ではないこと」を取り上げました。

 牧島元デジタル大臣は、自民党内の委員会で事務局長を長く勤めた経験とソフトな人柄を生かして、デジタル庁を非常に柔軟性のある組織として立ち上げました。600名で始まった同庁に「新しいビジネスチャットを中心にした決済ルール」といった仕事の新方式を浸透させ、4万件に及ぶ法令、告示、通知、通達、ガイドラインから4000条項の見直しを確定しました。さらにその効果とコストの検討を進め、民間機関との調整に一定の時間を要するもの、極めて高度な安全確保が必要で検討に時間を要するものについては、2022年9月末までに各府省庁が工程表をデジタル庁の調査会に提出して、年内に方針が確定するところまで纏め上げました。

 一方、旧来の霞ヶ関ルールに染まっている他の省庁やITベンダーの抵抗は既に始まっており、厚生労働省、総務省、法務省は特に強い拒否反応があります。同じ省内でも縦割りで、今まで部門ごとにベンダーに作らせてきた独自のシステムが数十個稼働中です。しかも相互連携していません。このような非効率を是正するため、デジタル庁開庁前の内閣官房IT総合戦略室時代から、各省庁のシステム全体を管理する部門やプロジェクト推進を統括する部署を構築することを指示していましたが、実現できていません。

 例えば、法務省のシステム部門にデータの一元化を求めると、「これまでやってこなかったけれど、社会が回ってきたので必要ないのではないか」と回答が返ってくるなど、DXの趣旨に抵抗しているというより「過去に自らが正しいと信じてきた流儀をくつがえされる」ことに対して感情的に反発している感じです1)。当のデジタル庁でさえ頭を切り替えるのには苦労したのですから、無理もありません。

 しかしそうはいっても、甘えさせておくわけにはいきません。厚生労働省は社会保障行政の中心で、DX案件の4割が集中しています。さらに総務省、法務省も加えれば全体で案件の6割を占めています。じっくり攻めていたら何も進まないのです。

内閣改造は福祉業界からすれば
医療DX対策の前のめりの人事

 霞ヶ関システム全体のデジタル改革について、工程表の完成は目処が立ってきました。このタイミングで2022年7月8日、安倍元総理が非業の死を遂げ、岸田政権は最大派閥の領袖を奪われ、党内求心力の要を失いました。

 そこで2022年8月10日の内閣改造により、自民党内の各派閥に閣内・党内ポストを再配分して求心力を高めることになりました。内閣改造は定型的な「派閥人事でサプライズもない」と評されていますが、そこには巧妙に日本医師会対策と医療DXへの布石が施されています。

大量のベテラン厚労族議員を失っていた日本医師会

 日本の社会保障政策は、長年のあいだ自民党の厚生労働部会や社会保障制度調査会、そして橋本龍太郎元首相から伊吹文明元衆院議長に引き継がれた「厚労幹部会」と呼ばれるインナー会合で政策の方向性が検討されていました。社会保障制度調査会でベテラン厚労族議員として存在感があったのは、前出の伊吹元衆院議長、川崎二郎元厚生労働大臣、塩崎恭久元官房長官、鴨下一郎元環境大臣でしたが、これらのベテランは2021年10月31日の衆院選で一斉に不出馬引退2)しました。日本医師会は政治力のテコ入れ先を大量に失っているのです。

 今回の参院選で日本医師会は、全面協力で自民党を支援して政治力のアップを図り、議員とのつながりをいつも以上に深めています。実は自民党にとっても、日本医師会がベテラン厚労族議員を大量に失っていることは問題なのです。なぜなら、医療行政に食い込もうと闇雲にロビー活動されることで、刺激された自民党議員達の間に混乱が広がりかねないからです。

日本医師会対策として、
ベテラン厚労族議員の厚生労働大臣が置かれた

 2021年11月16日、社会保障制度調査会長にベテラン厚労族議員の加藤勝信氏が就任しました。加えて今回の内閣改造では3回目の厚生労働大臣にもなりました。旧知の厚労族議員が日本医師会の狙う最高のポジションに就いたのですから、ロビー活動を強烈に惹きつけることになります。加藤氏を通して診療報酬の改定率といった重要情報を入手しようと動き、また医療行政の方向性の指示に口を挟むことを画策することになるでしょう。 
 岸田政権としても、計算のできる範疇でロビー活動が行われた方が良いのです。今回の参院選において日本医師会推薦で当選した羽生田俊参議員院議員を厚生労働副大臣とし、同じく日本医師会推薦の自見はなこ参議院議員は内閣大臣政務官に就任させ、その活動について目の届くように配置しています。

 ただし、医療DXへの干渉は許しません。そのための予防策は、参院選の前から用意されています。自民党の社会保障制度調査会で2022年2月から始まった「健康医療情報システム推進合同プロジェクトチーム」では、電子カルテや報酬改定プログラムの導入が検討されています。そこには共同座長として平井元デジタル大臣(岸田派)がお目付役となり、加藤氏が単独でデジタル庁の方針から外れるような勝手な干渉ができないように体制が組まれています。そしてそこでの中間取りまとめ報告書は「医療 DX令和ビジョン2030の提言」3)という名前で公表され、「骨太の方針2022」に反映されました。本稿第12回で取り上げた「総理が本部長となって医療DX推進本部を設置する」件は、上記報告書に書かれた提言に基づいています。

 

 参院選で自民党が勝利するためには、日本医師会の職域票と選挙協力や選挙資金が必要です。一方でその借りを返すには、医師会員達の最大の関心事である"診療報酬での加算の獲得"という褒美が重要です。しかし今回は医療DXで医療費にメスを入れ、社会保障費を搾り取るのですから、どのようにして褒美を与えるのでしょうか。

 まず、医療DXにより医療費が丸裸にされます。そして、報酬は据え置かれたまま多重投薬や重複検査といった無駄を見直し、地域医療構想による再編で効率化されることで医療費削減の大半が実現します。日本医師会は、第9回で取り上げたように、「強制力のある法整備」での大規模化や連携法人化といった医療再編分野では、すでに降伏しています。

 今後は、医療DXで効率化が行われ医療再編に協力した結果、わずかにプラス報酬を与えられ、数年経って気が付いたら「(日本医師会の)法人会員がだいぶ減っていた」という形で、社会保障費用が削減されたことを実感する未来が待っているのです。

 このため2024年の次期改定では、診療報酬は大きく削減されないと予測できます。それどころか医療DX関連では、協力への報償として加算部分で0.7%くらいのプラス改定となるかもしれません。それは、参院選への貢献に対して、日本医師会の顔が立つように医師会員達への手土産が配慮されるからです。

 次回は医療DXにおける河野デジタル大臣就任の影響について取り上げます。

引用・参考文献
1)特集2 ITゼネコンの巣窟デジタル庁,週刊ダイヤモンド,2021年9月11日号,2021年.
2)厚労省人事ウォッチング第47回 厚労族議員の相次ぐ引退で省内改革は進むか,集中,2021年9月号,
  P.44,2021.
3)自由民主党政務調査会,社会保障制度調査会・デジタル社会推進本部,
  健康・医療情報システム推進合同PT:「医療DX令和ビジョン2030」の提言(令和4年5月17日)
https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/203565_1.pdf