施設マネジメント


【第13回】 「トリプル改定で医療・介護・障害福祉は
    どう変化するのか(下)」

 「骨太の方針2022」の「Ⅳ.中長期の経済財政運営」1)を見てください。骨太の方針は、7月の参院選が行われる直前のタイミングに発表されています。そのため野党を刺激するような直截的表現は避けられていますが、“財政健全化の旗は下ろさない”ということは、健全化のため無駄を見直すという意味です。

 

 そして右側の「個別分野の改革」には、良質な医療を効率的に提供する体制の整備のために総理を本部長とする「医療DX推進本部」や保険証の原則廃止が入っています。

 つまり、経済財政運営のためマイナンバーカード導入を切り口に、デジタル化で医療を効率的に提供させて無駄を見直し、国家財政を健全化するための削減を総理大臣が主導して進めることが示されています。

 この背景には、岸田政権として以下の国防上の理由から「防衛費の捻出先を必要としている」という事情があるのです。

日本の安全保障環境の激変

 私は今では介護老人保健施設の相談員をしていますが、もともとはセキュリティ業界で危機管理コンサルタントをしていました。そのため、この安全保障分野の進展については、推移を興味深く追ってきました。

 日米安保条約が1960年に成立し、米軍の戦力を背景に日本では軽武装・経済優先政策が実現して、平和な状況が60年間以上続いています。このため、“日米安保条約は簡単には破棄できないもの”と思っている人は多いのですが、そんな事はありません。日米のどちらかでも1年前に予告するだけで簡単に打ち切れるのです。

 1991年に冷戦が終了。 2013年に米国は、世界で太平洋/大西洋側での2正面作戦を実行する戦力を保持することをやめました。今でも米国は比類のない軍事超大国ですが、中国が世界第2の経済力を持ち、ロシアに変わる脅威となって台頭してきています。

 米国は複数の国々と軍事同盟を結んでいますが、大別すると「日米安保条約を含むアジア太平洋方面の同盟関係」と「NATOを代表する北大西洋関係」の2つに分類されます。ロシアがウクライナに武力侵攻できたのも、2014年にクリミア半島を占領した際にNATO加盟国ではないため、米軍が出てこないことを確かめていたからです。

 ウクライナ情勢を受け、今まで武装中立路線だった北欧諸国はNATOの傘の下に次々に加盟することになりました。なぜなら、NATOに加盟して米国と軍事同盟を結んでいないと、ロシアから武力侵攻されるからです。しかし、米国にもアジアと欧州の2正面作戦を取る余裕はなくなっています。

 実際には、欧州で戦争が起これば主に米軍の陸戦力が投入され、アジア太平洋は海空軍の戦力が投入されることになりますので、戦力が送られないという事態はありません。ただし、在留米軍をどれだけ同盟国として支援できるかが、米統合作戦本部での戦力配分の判断に影響を与えることになります。当然のことですが、戦力投入に対して費用対効果が高い先が優先されるからです。

 つまり、自衛力を養い、米軍では足りない部分をどれだけ補う努力をしているのかが評価の分かれ目となるのです。今までは仮想敵国として中国が1番でしたので、アメリカは日本との軍事同盟を最優先に扱っていましたが、ウクライナ侵攻でこの均衡が崩れています。

得意の外交で得点を上げ続けるために5兆円が必要な岸田政権

 今まで国防費予算を上げるのに強硬に抵抗していたドイツも、ウクライナ侵攻でついに国防費GDP 2%を提示しました。アジア太平洋正面の日本としても、ドイツ同様に少なくともGDP2%を実現しなくては、中国が極東ロシアに変わる最大級の脅威となって台頭している状況なのに、有事に米軍戦力を回してもらえない恐れが出ています。

 さらに、国防費を増額し軍事的均衡を実現すること自体が、中国・北朝鮮・ロシアから通常戦争を仕掛けられないように抑止する力を高める第一歩でもあるのです。

 国防費の計算は各国で異なりますが、NATO基準で計算すると2020年日本の国防費は5兆2400億円、GDPで1%強程度と推計されています。2%にするという事は、単純に言えば5年以内に国防費をもう5兆円ほど確保するということになります。

 それも1回ではありません。毎年5兆円を捻出できるかどうかが、岸田政権の日米外交の成否を左右することになったのです。

コロナ禍が医療費40兆円の抜本改革への扉を開いた

 第9回で取り上げましたが、現状は「今まで職域票と呼ばれる集票力を武器に、厚労族と呼ばれる議員たちに大きな影響力を持ってきた日本医師会が、コロナ禍での批判に耐えかねて、医療再編に関してほとんど白旗をあげている」状況です。

 改革好きで薬価改定に剛腕を振るった菅官房長官であっても、日本医師会という国内最大の政治的圧力団体にとって最大の関心事である医療費、とくに診療報酬の加算部分の本体にまでは自在に手を出せませんでした。今まである意味で社会保障制度の医療費分野は、“聖域”となっていたのですが、ついに抜本改革ができるタイミングが訪れています。

 少子高齢化の日本では医療費は年々増大しており、2021年では約40兆円に達しています。これまで大きく切り込めなかった医療分野をデジタル化で丸裸にして、多重投薬や検査の無駄を省き、病床を大規模化・グループ化などで地域事情に合わせ最適化させ再編すれば、投資以上の大幅なコストダウン効果が期待できます。
これが「骨太の方針2022」のⅠ.我が国を取り巻く環境変化と日本経済」1)に書かれている「持続的な経済成長に向けて、官民連携による計画的な重点投資を推進する。危機に対する必要な財政支出は躊躇なく行い、万全を期す」の中身です。

 

 消費税財源を活用した地域医療介護総合確保基金による全額補助で、医療機関にデジタル化の機器(医療DX)を導入させる投資を行い、コロナ危機に対する病床再編に必要な財政支出があれば躊躇なく行い最適化を押し進めるのです。単年度では一時的に財政支出が増えるかもしれませんが、これが長期的には「財政健全化=社会保障費分野での大幅な無駄の削減」につながるのです。

 正当な理由なく医療は行われていませんから、たとえ見直しても9割は変わらないかもしれません。しかし、無駄が1割でも削れれば良いのです。医療費は40兆円ですから、その1割でも4兆円です。国防費を捻出する必要に迫られた岸田政権にとって、財政上の打出の小槌となるでしょう。

 日本医師会も当然ながら黙ってはいません。厚労族議員を総動員し激烈なロビー活動で反対運動を扇動、政財界に手を回して総力を上げて抵抗し、最低限でも開業医の既得権益だけは死守することを画策するに違いありません。岸田総理は、自らを本部長として目を光らせ、首相としての権限と自民党総裁としての政治力のすべてを総動員して、目の前に立ちふさがるあらゆる抵抗を排除して、無駄を搾り取るつもりなのです。

医療費削減に身構え、政治力強化を進める日本医師会

 日本医師会の中川会長は2年前に、自公政権との関係が深く4期・8年に渡り会長を歴任した横倉義武氏を僅差で破り就任しました。政策通の論客としても知られ「政府・与党と一定の距離をとりながら医師会の主張を実現する」がスローガンです。

 しかしコロナ禍の批判が日本医師会に集中する状況では、医師会の主張をもとに論戦を挑んでも味方は得にくいものです。実際に2022年診療報酬改定では、医師会員の多くを占める開業医から反対の声が強かった「リフィル処方箋」導入について、日本医師会の総力を上げて阻止に動いていたものの決着直前に盛り込まれてしまい、周囲からその手腕に疑問の目を向けられました。

 それでも2022年4月末まで日本医師会内部では、中川会長再選での新体制案が話し合われていました。しかし、岸田政権内部で国防費増額のため社会保障費にメスを入れる動きが本格化しはじめると、「医療再編は押し止められない流れであっても、政治力を利用して行政への協議や折衝を増やし、少しでも開業医に有利な流れを引き寄せないと医師会自体の存在意義を問われかねない」との危機感が広がりはじめました。

 2年に一度の会長選挙が近づき、横倉氏をはじめとする実力者の間では、政財界・与野党への政治力を基準に新会長を選定する動きが表面化しました。新体制案で副会長に名前が上がっていた常任理事の松本吉郎氏が、横倉氏の所属する九州医師会連合会、関東甲信越医師会連合などの大勢の支持を受け立候補することとなりました。

 5月23日には、ついに岸田首相がバイデン米大統領と会談して防衛費の大幅増額を約束。再選が容易ではなくなったと判断した中川会長は同日、立候補から2週間足らずで一転して、組織の分断を回避する必要から「6月に行われる会長選挙を断念して1期限りで退任する」2)と表明しました。

 そして、6月に行われた日本医師会の会長選挙では、松本吉郎新会長が選出3)されて組織力を強化、政府・与党に参院選での選挙協力で貢献することで政治力を強め、政財界との連携を背景に与野党議員の間での発言力を高めるための手を次々に打っています。

 

 次回は、医療介護業界からすると、あまり動きがないように見えるデジタル庁で進行している医療DX導入準備がどのように進んでいるのか、その現状を取り上げていきます。

引用・参考文献
1) 内閣府:経済財政運営と改革の基本方針2022新しい資本主義へ〜課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現【骨太の方針2022】概要P6(令和4年6月7日)
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/summary_ja.pdf 
(2022年7月閲覧)
2) NHK政治マガジン記事:【特集記事】“クーデターだ…”日本医師会中川会長突然の退任表明(2022年6月9日)
3) NHK政治マガジン記事:日医・松本新会長 喫緊の課題は「トリプル改定をどう乗り切るか」組織力強化に力(2022年6月27日)