リスクマネジメント


【第1回】 「口腔ケア・嚥下訓練のリスクマネジメント」

 Q1.口腔ケアの際の感染リスクにはどのようなものがありますか。

○自身の感染やキャリアとなってしまうリスクがあります。

 口腔ケアを行う際には、唾液や血液と接触する可能性があります。唾液や血液は、細菌やウイルスを含む可能性のある体液です。歯科治療の領域ではケア提供者がB型肝炎などのウイルスに感染した事例が報告されています。

 また、ケア提供者は発症しませんが、細菌やウイルスのキャリアとなってしまい、他者へ伝播させてしまう場合があります。

〈代表的な細菌とウイルス〉

 口腔内に限らず感染対策において重要なものは、「抗菌薬に耐性を持つ菌」や「伝染性と毒性のあるウイルス」です。

 代表的な菌には、メチシリン耐性ブドウ球菌 (Methicillin-resistant Staphylococcus aureus, MRSA) やバンコマイシン耐性腸球菌 (Vancomycin-resistant enterococci, VRE)、緑膿菌、ESBL(Extended spectrum β-lactamases)産生菌やカルバペネム耐性腸内細菌 (Carbapenem-resistant enterobacteriaceae, CRE)、クロストリジウムディフィシル、抗酸菌、カンジタなどがあります。(表1

 注意すべき代表的なウイルスには、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、ロタウイルス、肝炎ウイルス、アデノウイルス、HIV、麻疹、風疹、帯状疱疹、ムンプスなどなどが挙げられます1)。昨今は、新型コロナウイルスにも注意する必要があります(表2)。

〈こんな場面に注意〉

 口腔ケアの際には、ケア提供者が対象者の咳の飛沫を浴びやすい位置にいるため、各種の細菌やウイルスが付着しやすいと考えられます。

 誤嚥リスクのある方のケアの際には口腔内をガーゼで拭うことがありますが、この際には唾液や血液がケア提供者(のグローブ)に直接付着します。歯科医師や歯科衛生士による専門的な口腔ケアの際には、超音波スケーラー(*1)を用いることがありますが、この際にはエアロゾル(*2)が発生しますのでさらに注意が必要です。

 また、口腔ケアの際に(意図せず)噛まれてしまうことがまれにあると思われます。グローブと表皮が破れた場合には、ケア提供者の血液に直接対象者の体液が接触する恐れがあります。

*1:超音波スケーラー
   超音波発生装置による振動をチップに伝達し歯石を破砕する。歯ブラシでできない歯 石除去が容易に可能となる。
*2:エアロゾル
   気体の中に微粒子が多数浮かんだ物質。

 

 Q2.嚥下訓練の際の感染リスクにはどのようなものがありますか。

○接触感染、飛沫感染、空気感染のリスクがあります

 嚥下訓練の際には、訓練者が対象者の口腔内の状態や舌、軟口蓋、喉頭の動きを見る必要があります。また、用手的に頸部を触り喉頭挙上の動きを補助する場合があります。口唇や舌、頸部の抵抗運動を行う場合には、訓練者が対象者の顔面や舌を指で押さえて訓練する方法があります。

 こうした視診や運動療法を実施する場合は、訓練者が対象者の顔に近づく必要があり、手指で直接接触している部分以外も、かなり対象者の口元に近づきます。(表3

 嚥下訓練の際に口腔ケアを実施することがありますので、Q1で示した感染症のリスクも存在します。

〈対象者の状態〉

 嚥下訓練の対象者は、咳が生じやすい方が多くなります。また、介入前より既に肺炎があり、咳が多く、耐性菌など注意を要する感染症に罹患しているケースもあります。さらに、摂食嚥下障害がある対象者はADLが低いことが多く、訓練の際の起居動作に介助が必要です。この介助の際にも訓練者が対象者に接触します。

〈訓練で発生する飛沫〉

 呼吸訓練や発声訓練、構音訓練も嚥下訓練時に実施される場合があります。この際には、対象者が発声しますので、発声にともなう飛沫が訓練者に付着しやすくなります。

 構音訓練は、訓練者が見本を見せて対象者の動作を誘導することがあります。例えば、「あ」と構音を促した場合は、対象者だけでなく訓練者も「あ」と口を開けますので飛沫を吸い込みやすい状況が生まれます。

 

 Q3.口腔ケア・嚥下訓練時の感染対策にはどのようなものがありますか。

○経路別に分けて感染対策を考えます 

 空気感染、飛沫感染、接触感染、血液感染にわけて考えますが、これらを同時に施行する場合もあります。(表4

 口腔ケアや嚥下訓練の対象者が上記に類する感染症の場合は、組織の決めた感染対策マニュアルに従ってください。

〈標準予防策の実施〉

 また、上記の感染症でない場合は、唾液・血液の暴露に対する標準予防策を実施します。すなわち、手指衛生、マスク着用、グローブ着用、場合によってガウン着用です。

 ただし、例えば新型コロナウイルス感染症のように、「感染が確定していないが、可能性が疑われる場合」には、感染経路に応じた対策をとります。予防効果は未検証ですが、昨今は新型コロナウイス対策として使い捨てガウンやゴーグル、シールド付きマスク(図1)も使用されています。

 構音訓練の際に、どうして口の形を見せる必要がある場合はフェースシールドが用いられる事もあります。

〈組織的な対応や教育〉

 口腔ケアや嚥下訓練に限った事ではないですが、椅子や机、ベッドなどの環境や対象者周囲の物品の消毒、あるいは可能な限り使い捨ての製品を使う事も重要と思われます。

 また、個々人での対策には限界がありますので、組織的な対応や教育も重要です。新型コロナウイルスの対策としては、対象者のリスクを分類し、リスクに応じた対応をマニュアル化している組織が多いと思われます。組織全体の対応マニュアルの中に、口腔ケアや嚥下訓練の特殊性を加味した現場での対応を加えることも必要かもしれません。

 なお、口腔衛生不良や摂食嚥下障害がある対象者には、肺炎や低栄養、QOL低下のリスクがあります。感染症だからといって、ケアや訓練をせず、放置して良いわけではありません。組織的な適切な感染対策を行い、口腔ケアや嚥下リハを行うことが重要と思われます。

引用文献
1. 矢内充:院内感染(医療関連感染), 日大医誌 76 (3): 121–124 (2017)
2. 厚生労働省:高齢者介護施設における感染対策マニュアル,   
  https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/tp0628-1/dl/130313-01.pdf, 2020年9月閲覧