介護保険制度/介護報酬


〈安倍内閣の社会保障改革は継続されるのか〉

 8月29日に安倍首相は体調不良のため突然に降板、9月16日菅内閣が発足しました。

 政治的な変動の一方で粛々と2021年度介護報酬改定の意見取りまとめ作業は進み、11月に入り大詰めを迎えています。12月後半には改定審議の報告書が出されます。そして来年1月後半には新報酬の答申が始まる予定です。介護業界にいる私たちは、どうしても政治情勢よりも報酬改定の細目に囚われ一喜一憂しがちです。しかし2018年から厚生労働省は経済産業省とともに内閣主導の成長戦略に完全リンクして組み込まれ改革工程表に基づく業績評価で管理されています。大枠の改訂内容や方向性はすでに2024年度まで決まっており、既定路線です。

 あまりマスコミには取りざたされませんが、"突然の政権交代"といった大きな政治情勢の変化での最大の問題は、この工程表に大きな変更が加えられるかどうか"と言う点にあります。老健の先々の経営課題を予測し備えることを困難にさせる危険があるからです。

〈工程表は継承された〉

 過去に菅氏は、小泉内閣時代に総務大臣として、旧「国公立病院改革ガイドライン」の取りまとめに着手し、公立病院の民営化/経営効率化を正面から打ち出したことがあります。また官房長官時代に、薬価制度改革を影で仕切ってきたといわれており、製薬団体や日本医師会の反対を押し切って、この改革案は「骨太の方針2020」に盛り込まれています。

 総理大臣と言う立場に立ち、社会保障/医療改革分野でさらなる大鉈を振るうのではないかとの警戒感はあったのですが、9月16日菅内閣は「安倍晋三政権の取り組みを継承して前に進めることが私の使命だ」と表明しました。政権は交代しましたが、大きな戦略変更はないことを内外に明確に示したのです。

 これまで安倍政権下で成長戦略策定の中心を担ってきた「骨太の方針」を検討していた未来投資会議を廃止しました。しかし策定した戦略内容をそのまま成長戦略会議に後継させて、官房長官を議長にすえて、きっちり工程表が守られるように次々に手を打っています。

 自身の後任となる官房長官には、かつて官房副長官を務めた加藤正信厚生労働相を当てました。この人事からは、自身が策定に関わった「骨太の方針2020」に盛り込まれた「改革工程表2019」通りに各省庁が動いているかを監視させるとの意図が見て取れます。

〈改革工程表2019を基に将来の老健をシミュレートする〉

 工程表は今後の老健経営にとり重要ですので、その内容を見てみましょう。

 改革工程表は重要業績評価指標(Key Performance Indicater:KPI)で管理されています。介護業界ではKPIは馴染みがありませんが、ビジネス業界では顧客満足やリーダーシップ育成など、定量的な計測(例えば、売り上げなど判りやすい数量)ではとらえにくいものを定量化して工程管理する時によく使われています。これで、目標を達成する時に指標となるものを定義するのです。厚生労働省は今後、KPIによる業績達成に縛られることになります。

 では、改革工程表2019のKPIを見てみましょう。「図1:改革工程表2019 P11

 先行する福祉施設などへのセンサー導入は、2020年度末までに3000件の延べ件数を達成することを目標としています。さらに「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」(以下、生産性向上ガイドライン)を活用することを増加させることも条件となっています。労働時間、人員配置での効率化の改善は2020年までと期限が決まっています。

 これらの設定により、後述の2019年度、2020年度に実地指導が集中的に行われ、生産性向上ガイドラインを活用するように指導が行われる先が導き出されます。

〈予想される実地指導などでの働き方改革、業務効率化への集中指導〉

 2016年の統計で全国にある特養総数は約8000棟、有料老人ホームは約12000棟ほどですが、これにサービス付き高齢者マンションの一部もセンサー導入に熱心であるとみなされるでしょう。一つの法人で数事業所を抱えることが普通ですので、このうち数%~10%でも地域医療介護総合確保基金等によるロボット・センサーの導入支援が行われれば、延べ件数で3000件が確保されることになります。

 つまり、今期の実地指導が集中するターゲットは、センサー導入での人員基準が適用された特養と、ICTや見守りセンサー導入に熱心な大手企業が多い有料老人ホームやサービス付き高齢者向けマンション業界であるということが容易に推測されます。

 指導の内容はもちろん、介護業務の内容のチェックだけでなく、介護労働者の平均労働時間・残業時間数縮減への努力、介護老人福祉施設などにおける人員ベースでの効率化への努力、生産性向上ガイドラインを活用して改善に取り組むことです。

 そして「横展開」していくわけですから、2021年度介護報酬改定で次に同じような実地指導が行われるのは老健となるだろうことが予知・予測できます。

 一方で、2019年度からスタートした地域医療介護総合確保基金などによるセンサー導入の補助金助成について、工程表の期限達成の駆け込み時期になれば審査が通りやすいことも見通せます。ここに、この改革工程表を経営管理に利用するツボがあります。

〈求められる介護経営の大規模化・協働化〉

 さらに注目されるのは、「図2:改革工程表2019 P13」で介護経営の大規模化・協働化で人材や資源を効率的に運用する体制を醸成する方向性であるということです。

 前述のように菅首相は、経営効率化に非常に熱心ですからこの方向性は更に強化される可能性があります。第75回の介護保険部会 資料3 P191(H31年2月25日)では、医療法人・社会福祉法人を経営統合、運営の共同化、医療法人と社会福祉法人の連携方策を検討すると打ち出されています。

 求められる事例数は10件程度ですが、厚生労働省が「法人経営にまで干渉するのか」と、業界内で大きな反発が出ることが予想されます。

 しかし、改革工程表2019のKPIでは、効率的な体制構築に関する先進的な取り組み事例が2020年度末までに10例以上とされており、実際に経営統合が発生しなくとも別な形で効率化がなされれば問題ない目標設定となっていることに注目してください。

 筆者としては、効率化の動きが出れば無理な統廃合は行われず、全国老人保健施設協会(以下、全老健)で取り組まれている共同購入に代表されるような動きを推進することを求められるのではないかと予測しています。

〈政策は今後も安定的に取り組まれるのか〉

 菅政権は1年位の暫定政権ではないかとの観測もありました。しかし菅首相は9月25日に総理大臣官邸で行われた「第3回マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」に出席して、5年後の令和7年年度末までにと年限を切って「国と地方の行政システムを統一/標準化して、再びコロナで迅速な給付を必要とし必要とした時に、これを実現する体制を作り上げる」と発言しました。つまり少なくとも5年間先を見越す長期政権で行くつもりでいることが明らかです。

〈菅政権の目玉「デジタル庁」発足が老健経営にあたえる影響〉

 前述のように菅氏は、すでに安倍政権下で取り組んだ改革案を工程表にまで仕上げてあります。官房長官の監督下で官僚を動かし、工程表管理できっちり戦略は推進させ、自身はさらに改革を加速させるべくデジタル化で縦割り行政に切り込む構えです。

〈縦割り行政に横串を通すのがデジタル庁〉

 デジタル化などは、政府内では総務の役割です。本来なら総務省のもとデジタル庁が置かれるのが当然ですが、総務大臣の経験のある菅氏は総務省ではなく内閣直轄で進めています。総務省が旧自治省、旧郵政省、旧総務庁の寄り合い所帯で人事採用でさえ統一できていない実態をよく知っているからです。さらに経済産業省と総務省がデジタル化でシステム連携を話し合ってすらおらず、内閣官房のIT総合戦略室が仲介や司令塔役を果たしてきた経緯があります。

 9月にはデジタル庁に関する予算の概算要求が計上されました。9月30日にはデジタル関連法案準備室が発足、続いて10月12日にはデジタル改革関連法案ワーキンググループを開催しました。このワーキンググループには菅氏の懐刀で首相補佐官に再任された和泉洋人らを送り込み、2021年の通常国会で成立させるべく、超特急でデジタル庁の発足に必要な「IT基本法」改正や設置法等の関連法規の整備を進めさせています。

〈デジタル化対応で老健は事務負担・設備投資コスト上昇が続く〉

 唐突にデジタル化の話題?老健経営にデジタル庁など何の関係があるというのか?という声が聞こえてきそうです。しかしこれが我々に事務負担増大や設備投資を次々に要求してくる状況を生んでいます。今後2年半から5年で経営を圧迫する試練を、次々に課してくる情勢です。

 具体的な最初の試練は、マイナンバーカードへの対応という形で入ってくることになります。

 先行して医療機関・薬局では8月にカード読み取り端末の申し込み受付が開始され、12月からは顔認証付き端末で運用テストが開始されます。この端末代金は社会保険診療報酬支払基金が一括して機器を購入し、それを個別医療機関に配付するので費用負担はありませんが、オンライン資格確認を医療機関で行うためのシステム改修費用については「医療情報化支援基金」から補助が行われるものの、費用負担が発生します。

 令和3(2021)年3月から老健でも社員へのマイナンバーカード登録事務作業が始まることになっており、これに対応する機器導入、業務ソフトの更新、通信環境整備にかかる経費コストは上昇することになります。マイナンバーカード対応は、単にカードを配ることに留まりません。社員の納税・社会保障関連手続きの業務もカードに紐づけることになり、事務部門の負担が大きくなります。もちろん導入当初の混乱が収まれば、長期的にはデジタル化で業務負担の軽減となるはずです。

 これに続いて時期はまだ明示されていませんが、近々で老健利用者の介護保険証や健康保険証情報もマイナンバーカードで受け付けることになって、利用者家族が提示するカードの読み取り端末の導入、登録作業、介護保険請求ソフトの更新、通信環境整備コストが事務にかかってきます。
これに追い打ちをかけるのが2024年に導入されるアウトカム評価への対応です。VISIT+CHASE運用でも同様に、介護データ提出加算等への対応でさらなる事務や介護・リハスタッフ業務に機器導入・登録・通信環境や業務改編が押し寄せ続け、数年に渡る前述のような経費コスト上昇が老健経営を圧迫し続ける恐れがあります。

〈設備投資コスト上昇への対応策として期待される共同購入〉

 独立型老健単独で機器を導入する場合を考えてみましょう。当然、数社から見積もりを取り、比較検討します。内容は各社ごとに違うので、比較検討するのに担当者はかなり勉強しないといけないのですが、人員不足の中で事務職も現場のアシストまで求められ、その時間がとれません。さらに数社との価格交渉は調整に時間がかかり、これが日々の業務のスケジュールを圧迫します。一方で、老健単独では購入量が小さいので価格交渉で満足するほどの値引きが期待できません。結果として、努力してもそれに見合った値引き条件は得られにくい状況です。

 一番ネックとなるのは、やはりスケールメリットで、納入価格を下げる交渉ができるかという点ですので、前述の大規模化・業務統合という話が出てくることになるのです。では、法人格の統廃合や経営統合を伴わずにスケールメリットを求める方策はないのでしょうか。これを実現するのが、共同購入です。

 すでに全老健では、2011年から九州地区、続けて関東地区で医薬品分野での共同購入を始めています。さらに医療・介護ベッド、医療材料、トロミ剤や栄養補助食品も購入品に加わり、取り扱い地区も一部商品では全国に広がっています。これは厚生労働省が求める協働化・効率化の方向性とも合致する魅力的な動きです。類型別に老健は似たような業務を行っていますので、似たような機器を導入することは多いはずです。

 先行する医療保険分野では「電子カルテの標準化」作業が進んでいますので、政府側で介護分野での標準仕様が出されれば、老健の介護DBでも類型別に特別仕様にしたものを業者に発注交渉する作業も容易になりそうです。

 これを共同購入という形でスケールメリットを生かし、交渉窓口が一本化されれば、全国平均を大幅に下回る価格で交渉でき、交渉に費やす時間とコストについても全老健に手助けしてもらうことで、かなりの軽減が期待できます。筆者としては、この取り組みが発展加速してゆくことを期待しています。

引用・参考文献
1)内閣府 経済・財政一体改革推進委員会 新経済・財政再生計画 改革工程表2019(令和元年12月19日)P11、P13
2)厚生労働省 老健局:社会保障審議会 介護保険部会(第75回)資料3 介護保険制度をめぐる状況について(H31年2月25日)P191
3)厚生労働省 老健局 ホームページ 介護分野における生産性向上について 1ガイドライン 1)施設サービス[本編]